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  • 2017.01.05 Thursday

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    近況と、子の就活。

    • 2016.12.31 Saturday
    • 01:32
    4月に転職してから、本当に仕事中心の生活へと一変し、自分だけのために使える時間や趣味ができる時間はほとんどなくなりました。こんなんでいいのかなあと自問自答することもありますが、まあそれなりに返って来るものもあるので、しばらくはこんな人生を続けてみようと今は思っています。子どものこと以外は自分の楽しみは・・・皆無です・・・。休みの日はただ体を休めたり、おうちで家事をまったりしていたいという気持ちが強く、生活のための買い物のみで精一杯。旅行やショッピング、映画やドラマなどのことも考える余裕もなく、好きだった読書は1冊も読めていないのが現状です。

    先日転職して2回めの賞与が出ましたが、介護職のときには見ることのできなかった額がいただけました。そういえば昔勤めていた頃も「給与は準公務員並み」と言われていました。リスクが多いのは仕方がない、だけどこれだけの報酬がいただける職業に就くチャンスはもうないだろうと思います。私にとってはそれが唯一のステータスであり、プライドを持って働けるというのはいちばん望んでいたことでもあります。



    就活中だった長女は秋も終わる頃ようやく内定をいただくことができました。第一志望の教員採用試験は、2次試験までは行けたのですが予想通りの結果に。講師を続けながら教師をめざすという手もあったのですが、親のすすめで無理やり受けた地方公務員試験に幸いにも内定がいただけたことで、そちらで働かせていただくことになりました(一応公務員試験の勉強もしていたのですが、本人は乗り気ではなかったのです)。

    就活というものにあまり欲のなかった長女は、一流企業といわれる会社への就活に一歩も二歩も乗り遅れ、焦って県内の合同説明会(ほぼ中小企業)に参加するもそこでとある職業に洗脳?され、親子の縁を切ってもそこへ就職したいと言い張り、それはそれはひとことでは言い表せないすったもんだもありました。
    もう就活が解禁になった6月から秋にかけては、本当に本人もぴりぴりしているし「しゅうしょく」のしの字も言えない雰囲気が漂い、家族がみんなどんよりとした暗い気持ちでした。いちばんつらかったのは長女本人だとわかってはいたのですが、親である私まで全否定されたようなそんな気持ちにさせられました。

    教訓を得たと言えば、就職というのは付け焼刃ではだめで、本当に自分がやりたい職種に絞って対策をしていかなければならないということです。それには「夢」というものが絶対に必要でした。思えば小学校時代から職業調べををしたり中学校では職場体験をしたり、とにかく「夢」を持つこと、自分の適性をつかむことが目指されてきました。それがこの今の就活につながっていたのです。それをつくづく実感することになりました。「夢」を持っている人、そして自己アピールの上手い人が就活には有利だということがわかりました。いくらいい大学を出ていても、すべり止め感覚で受けに来られると企業はだいたい見抜いています。そういう人には内定は出しません。長女もそういう感じでお祈りメールをたくさんもらったようです。それはそれで心が折れることには変わりありません。もし就職が決まらなかったら大学院への進学も視野に入れていました。心理学が学べるコースがあり、臨床心理士の資格を取らせようかと考えていました。


    4月からは社会人、家から通うことになるので、これから長女の住む部屋を整えてやりたいと思っています。高校まで使っていた部屋は今は三女が使っているため、今まで箪笥を置いてあった物置部屋を少し改造してお部屋らしくしようと思っています。卒業式後にアパートを引き払い、引っ越しをする予定です。


    次女は年明けの1月で成人式を迎え、20歳の誕生日も迎えます。11月の終わりに前撮りも済ませました。今ってカメラマンがばっちりついて、グラビアアイドル並みに撮影するんですね・・・写真もちょっとしたアイドルの写真集並みですよ!その分お高くつきました・・・。本人的にはかなり乗せられて盛られて、超満足だったみたいです。まあ20歳限定の行事ですね。
    でも卒業してなかなか会うことのできなかった地域の友達に会えるので、成人式は私も楽しみにしています。今は親のための席も準備されているので(後ろのほうだけど)、私も次女について行こうかなあと思っています。

    三女は相変わらずJKを続けながら?勉強、部活とがんばっています。弓道部ですが、初めての試合にも出ることができました。いつかは試合を見に行ってみたいなあ。朝練もあるため、遠隔地のわが家の娘は5時半前には家を出ていきます。お弁当も私が4時起きで作っています。できればインターハイもめざしてほしい。
    学校の成績も看護科をめざしているせいか比較的安定、大学も思っていたのより少し上をめざせそうということです。

    私も今年は転職という大きな変化があり、緊張とプレッシャーと無理がたたって眼瞼けいれんや風邪で声が出なくなるなど体調不良が重なりました。これから慣れていくにつれて改善されていくのか、それとももっと悪化していくのかはわかりませんが、老化とも共存しながらなるべく仕事は続けていく方向でいこうと思っています。

    ブログもほとんど書けないのですが、やはり何か書きたい、書くことによって心の整理をしたいという気持ちは常にあり、今後は短文でも何か書いていこうと思っています。テーマも少し変わってきているので、新しくどこかで日記を借りようと思っています。

    今まで何かのきっかけで私の拙い文を読んでくださった方に、心よりお礼を申し上げたいと思います。
    本当にありがとうございました。

    近況

    • 2016.05.12 Thursday
    • 22:27
    転職して1か月余りがたちました。
    児童養護施設という特殊業務なので不規則勤務と長時間拘束を余儀なくされていますが、体は介護職に比べてかなり楽でして、また精神的にもストレスも少なく仕事自体は大変楽しくやりがいも感じています。相手が元気な子どもだけに日々子どもの笑顔や成長に接することができるので、日々がんばろうと思うことができます。ブランクが長いだけに1から勉強しなければいけないことも多いし、課題もたくさんあるのだけど、何よりもう若くない!体力の衰えを感じる毎日。若い職員さんがうらやましい。やっぱり若さにはかなわないとまぶしく感じることが多いですが、でも私のようなおばあちゃん世代にも(3歳児からするとおばあちゃんです!)何か役にたてることがあるかな?いや、おばあちゃん世代だからこそできることもあるはず、と信じてできる限り頑張りたいと思っています。

    ただ家庭との両立が難しい。空いた時間をやりくりして何とか維持しています。近くに24時間営業のスーパーがほしい!(できればお惣菜の充実した!)と切に思います。その分休みの日にはがんばって家事をするようにしています。

    気持ち的には本当に悲壮感のない毎日です。介護職と比べたらいけないのかもしれませんが、前の職場に戻りたいと思うことは皆無です。いや前の職場のことを考えると、どんな状況であれ「あれよりはマシ」と思えます。存在自体も認められなかった、あからさまに差別され捨て駒のようにないがしろにされた9年間。先日まだ在籍中の同僚に会ってランチをしましたが、私のような目の上のたんこぶ的存在がいなくなり、ほとんどが仲良しグループとなり、職員主体の遊び場と化した施設となっているようです。また亡くなった利用者の親族から訴訟を起こされかけ、金でもみ消した?といううわさも聞きました。
    私の最終出勤日や退職日には施設長はなぜか雲隠れしており、挨拶もできなかったどころか、ねぎらいの言葉すらもらえませんでした。常識や倫理感の欠如した、生ぬるい、頭のゆるい集団に私はなじむことができなかったし、個人的な感情を抜きにしていくら客観的にひいきめに見ても、やっぱりなぜ世の中のクズのような(まともに仕事に向き合おうとしない、平気で利用者をバカにする)人たちがこんなにも掃き溜めのように集まってきたのか本当に不思議に思います。

    でももう脱出しました。もう嘆くことはありません。基本給も4万円アップしました。貧乏には変わりはないけれど、もう私は気持ち的に「底辺」ではありません。介護職がやりがいがなかったわけではないけれど、でも社会的には日の目を見ない、日陰の仕事というイメージが払拭できませんでした。今はまだ駆け出しだけど、自分が生かされていると感じるし、社会貢献にもつながっていると感じることができます。そういうことに幸せを感じています。

    三女は無事第一志望の高校に入学しさっそく勉強漬けの毎日を送っていますが、高校生活は楽しいようで生き生きと登校しています。部活は弓道部に入部したようです。武道の中でも華やかなようでいて実はとても厳しいみたいで、さっそく先輩にしごかれているようです。なぜそんなストイックな道を・・・とも思いますが、ゆるいところで楽しくやるよりは厳しい中に楽しさを見出す、文武両道をめざすのもいいかな?とこれから陰ながらですが応援してやりたいと思います。

    また進路の方もやっぱり助産師をめざす!とのことでいろいろ調べたところ、現在は大学の看護学部で勉強した後大学院や専門学校に進むというのが主流のようで「高2の文理選択で理系を選択し、看護学部のある大学に進学→大学院(助産学専攻)に進学」という道を歩むことになりそうです。できれば国公立をめざしてほしいとうのは伝えました。
    三女が大学院を卒業するころには私はもう56才!!えー!生きてるかな・・・でもまだまだがんばらなくちゃ!

    長女は就活中で実家と大学を行ったり来たり。エントリーシートがどうのこうのとかさっぱりわかりません。次女は相変わらず帰って来ず部活&バイト三昧。バイトは料亭で着物を着てしているそうで、私の長じゅばんとか小物類とか持っていきました。漕艇部の先輩にMBを譲ってもらい、艇庫までの長距離を乗っているそうです。なんかよくわからん次女・・・一生懸命なんだけど、親としてはたまには帰ってきてほしい(涙)。

    地域では役員が回ってきてこれから1年間の研修と2年間の活動が待っています。面倒だけど、これも何かの社会貢献になるかも。新たな出会いもあるかもしれないし、がんばろうと思います。

    春です

    • 2016.03.26 Saturday
    • 01:33
    ずいぶん日にちがたってしまいましたが、三女が第一志望の公立高校に合格しました。その前に卒業式がありましたが、これで中学校の卒業式に出るのも最後、本当に子育ての区切りを感じ感慨深いものがありました。答辞を読んだ子がすごく上手で、本当に情景が浮かぶような文章、中学校の3年間の思い出を追体験するようで本当に感動的でした。そして最後の「お父さん、お母さんへ・・・(中略)普段はうまく言えないけど、ありがとう・・・」のところでは、なんだか三女が言っているような気がして涙があふれました。いつも親には言葉少なくて、そっけない三女なので・・・。ちょっと妄想入っているかな?合唱もすごく上手でよかった(「旅立ちの日に」と「時を超えて」でした)。

    そして合格発表。私は仕事だったのですが、休憩時間に携帯を確認すると三女から「合格しました」の文字。本当にほっとしました。次の日にすぐ制服の採寸があって、今日は入学説明会に行ってきました。やっぱり今までプレッシャーもあったのか、合格してからようやく三女の本来の笑顔が戻ってきたなあと感じます。ああ、本当の春が来たんだなあと今は心から嬉しく思っています。4月になって新しい制服に身を包んだ三女を見るのが今から楽しみです。少しは大人びて見えるのかな?童顔でいつも笑ってるみたいな顔の三女なのですが。

    そして私もついに退職の日を迎えました。いろいろありましたが、やはり職員や利用者の皆さんに支えられていたからこそ続けてこられたのだと思っています。挨拶では感謝の気持ちを述べ気持ちを伝えました。最後は利用者さんがお見送りしてくれ、思わぬサプライズもあり、本当に感謝、感謝の一日でした。本当に幸せな気持ちで退職することができましたが、私はやはり「去るべき人間」だったのだという気持ちは変わりません。これ以上勤めるのは無理だったと思います。私のいるべき場所じゃなかった。決して介護の仕事が合わなかったのではなく、この職場が合わなかったのです。

    利用者さんとの別れはさみしいものがありましたが、でもこれで一区切りつきました。次に進むためには、前のことを終わらせないといけません。まだやらなければならないことはありますが、次の準備を始めます。28日からもう研修に入ります。どんな毎日になるのかはわかりません。ブログも書けるのかどうかもわかりません。読書もしばらくはできないような気がします。もし今後も書けるとしたら、タイトルを変更したいかなと思っています。

    近況

    • 2016.03.09 Wednesday
    • 13:34
    三女の高校入試、本命である県立高校一般入試がいよいよ明日に迫ってきました。トップ校ではないですが、県内では5本の指に入る進学校になります。最終倍率は1.35倍、うちは学区外なのでもう少し狭き門となりそうです。それでも三女がどうしても行きたいと希望し、その気持ちはゆらぐことはなく目標を高く設定して勉強してきたようなので、絶対に突破してほしいなあと思っています。幸い風邪ひとつひくことはなく、健康に明日を迎えることができそうなので、本当にほっとしています。

    それにしても長い受験生生活でした。2月に併願校として受けた私立高校、特進コースと医歯薬理系進学コースはどちらも合格をいただくことができました。特にダメ元で受けた医歯薬理系コースは、毎年超難関と言われており、県内でもトップ校をめざす子のすべり止めとして有名です。今年は三女曰く「過去問と比べて簡単だった」とのことで、少しハードルが下がっているのかなとも思えたのですが、学校の先生や塾の先生からは「どうする?」(特特待生扱いなので県立高校を蹴って行くかどうか)と聞かれたそうです。もちろん三女は県立高校を選択したのですが、親もちょっとゆらぎました〜。しかし入学してからはかなりの勉強量が必要であり(国公立医歯薬学部進学をめざすコースです)、面倒見はよいと思いますが、勉強ばっかりの毎日になるのもなあ?と思い直しました。

    県立高校の一般入試が終わっても発表まではまだかなりの時間があり、その間に卒業式もあります。早く進路が決定して、本当の意味での春が来ないかなあと思っています。4月から高校生かあ・・・。末っ子でまだまだ幼いように思っていましたが、だんだんお姉さんぽくなるのでしょうか。さみしいような楽しみのような感じです。

    そして3月1日より長女のシューカツが始まりました。2月末より帰省していましたが、さすがに緊張の中でその日を迎えたようです。ゴーセツ(合同説明会だって)にも参加してきたようです。ただ企業に関しては今はまだ1〜2社しか考えていないようで、本命はキョーサイ(教員採用試験なんだって)だそうです。なので教科の勉強の方もやっているようです。結構なプレッシャーのようでして、親はうかつに口出しできない雰囲気です。今はいったん大学へ戻りましたが、また県内でゴーセツがあるので、すぐに帰省してきます。4月からは就活と卒論研究との2本立てぐらいになるのでしょうか。なかなか大変そうです。うちは地元に帰ってくるのでいいですが、首都圏や主要都市などの大企業に就職希望の人は、交通費や宿泊費も大変そうです。合同説明会も国立大学限定のものもあるらしく、参加企業も大手や有名企業ばかりです。国立って有利なのね・・・と思わずにはいられません。

    さて、私も3月末で退職となり、だんだんとその日が近づいてきています。有給消化はできず、最終の1週間のみ有給をもらっています。退職届を出すまでは順調でしたが、その後はいろいろ面倒なことがたくさん出てきました。今までは私のことなんか空気のようにしか扱わず全然興味もなかったくせに「なんで辞めるの〜?」と興味津々で聞いてきたり、「さみしくなるわあ」など心にもないことを言ってきたりする人がいます。なんだか面倒なので「ご迷惑をおかけします」ぐらいしか言ってなかったのですが、中には詮索して「次どこに行くの」など根掘り葉掘り聞いてくる人もいます。あと私と仲のよかった人に辞める理由を聞いたり「辞めるの知ってたんでしょ」などと言ってきたりするそうです。こういうのがあるから私みたいな辞め方は賢くないかもしれません。家族の介護とか自身の体調不良、もしくは人間関係などで辞めるほうがわかりやすくて周りも納得できるかもしれません。でも嘘をつくのも苦しいので私ぐらいの年代は辞めるタイミングって本当に難しいです。悪口とかもこの期に及んで聞こえてきますし、「○○さんが〜言ってたよ」とかわざわざ教えてくれる人もいて、本当に面倒くさいです。

    とにかく今はやり残しがないようにひとつひとつ仕事をこなして行き、立つ鳥跡を濁さずの精神で淡々としていくしかないかなあと思っています。

    「続子どもへのまなざし」佐々木正美

    • 2016.03.02 Wednesday
    • 23:33
    2001年に出版されていたのですね。その前の「子どもへのまなざし」はまだ上の子たちが小さかった頃購入して読みました。その頃の私にとっては本当に目からうろこが落ちる思いでとても感銘を受けたこと、そしてその後は私にとってお守りのように大切な本になっていったことを思い出します。子どもが小さいときはしっかり甘やかせてもいい、甘えることができて受容される経験をしてから、子どもは親から離れ社会性を持つことができるのだという内容が主だったと記憶しています。当時子どもの育て方に悩んでいた頃だったので、本当に心が楽になったというか、子どもをしっかり受け入れるという大切さを知って、子育てが楽しくなったのを覚えています。

    このたび、本当に急なことだったのですが、なんと転職が決まり、児童養護の仕事に復帰できることになりました。本当に2月中旬頃からのできごとで、迷う間もなくあれよあれよと決まりました。昔の同僚が昨年から別職種で復帰しており、この年度末で職員に空きができるので来られないか、との連絡をもらいました。「今正職で働いているのにどうかなと思ったんだけど・・・」との前置きがありましたが、私としてはとても嬉しい知らせでした。まさか以前勤めていたところ、新卒で保母として初めて就職した場所に戻ることができるとは思ってもみませんでした。ライフワークとしてずっと続けていきたいと希望していたけど、当時は育児休暇もなく超未熟児で生まれた長女の体調不良を理由に中途退職してしまった経緯があります。

    現在の仕事と天秤にかけても、迷うことはありませんでした。介護の仕事はやりがいはありましたが、今の職場は基本的に職員主体であり、職員の仲良しグループ(職員全体の大多数です)の遊び場と化しており質の低下が目立ち、もうここで働くのは限界がきていました。利用者のことを考え、利用者のためにまじめにやっているほうが悪く言われる風潮があり、利用者も強者を除いてはいつもいつも職員から責められ続けています。また手早く仕事が早かったり利用者そっちのけで業務前倒しをする人が優位にたつというのも、私にとってはつらいものがありました。私はどっちかといえばのんびりだし要領も悪く、向いていないことはわかっていましたから。また身だしなみもきちんとできない、遊びにきているようなちゃらちゃらした職員と同じように見られるのももういやでした。常識や社会の道徳的規準がなく、正しいことを言ってくれる職員も誰もいなくなってしまいました。以前朝まで飲みに行っていて、早出に遅刻して来た若い男性職員を怒ったことがあったのですが(それまでも遅刻はたびたびあり、酒の匂いをさせながら仕事をしていることも多かったのです)、いつの間にか怒った私が悪者になっていました。今は何もかもが許されるようになり、利用者のお金を数か月着服していてもお咎めなしだし、上の人も仲良しグループの一端なので何をやっても許されるのです。異を唱える職員はもう数人になり、逆に「まじめすぎる」とか「もっと楽しくやりましょう〜」など悪者扱いされます。利用者に対しても車椅子を足で押したりわざと怖がるように押したりする職員もいますね。けがをさせてももみ消しですから、こんなところにいてはいけないと思います。施設長も看護師も全部仲良しグループです、グルです。利用者や介護の仕事をバカにしているとしか思えません。悲しいです。何人か職場の風向きを操るキーマンがいて、とても恐ろしいです。

    辞めることになっても何の後悔も未練もありませんでした。ただ一緒に働いてきた同僚には裏切ることではあるので辞めることで悪く言われるのは仕方ないと思っています。まあ年度末でもあり私がいたポストが空くので喜んでいる人はいるかもしれません。私も辞めることや次の仕事については多くを語りたくもなく、あとのことももうどうでもいいです。静かに辞めさせてほしいと思っています。

    児童養護の仕事ですが、すぐに面接に行き、数日後「保育士」での採用通知をもらうことができました。以前は短大卒で保母資格での仕事が多かったですが、現在は4年制大学卒の児童指導員のほうが多いそうです。基本給は今の介護職と比べて3〜4万はアップになります。確かに新卒の初任給が今ぐらいのお給料だったので、いかに介護が低所得かわかります。

    改めて再び子どもにかかわる仕事ができることが嬉しく、こんな機会が訪れてくれたことを感謝しています。ブランクが長く仕事内容には不安もありますが、自分のやりたかった仕事なので頑張れそうな気はします。
    それで少し子どものこと、子育てをふり返ってみたく、この本を見つけて図書館で借りました。挿絵も「ぐりとぐら」の山脇百合子さんでとてもほっこりしてあたたかい気持ちになります。今は児童養護施設も虐待を受けた子どもや発達障害を持つ子どもも多いとのことで、しっかり甘えさせて受け入れることが大切なのだと改めて気づかされます。

    一歩前進

    • 2016.02.22 Monday
    • 19:44
    通信大学への出願後、入学が許可される通知が届きました。そして今日入学金を振り込んできました。これで晴れて4月から大学生(通信大学3年生に編入)です。
    今までにかかった経費は検定料10,000円、入学金と基本授業料等64,640円です。後援会入会は10,000円もかかり任意なので今回は見送りました。今の私にとって諭吉様1枚は大きすぎます。とりあえずこれで入学手続きは終了、この後振込が確認されればインターネットでログインして履修登録をしていかなければなりません。

    先日県内の催事場で「通信大学説明会」なるものが開催されていると知り、入学予定の大学も来ていたので行ってきました。全国でこんなにも通信制の大学があるのかとびっくりしました。しかも結構な人出で老若男女さまざまな人がいて「世の中にこんなにも学ぶことに関心がある人がいるのか」と驚きました。まあみんなお金や時間にも余裕がある人に見えましたが・・・。

    お目当ての日本福祉大学のブースは、私が見た中ではたぶんいちばん行列ができていたような気がします。やはり社会福祉士や精神保健福祉士の受験資格取得と、オンデマンド授業に関心が高いのかな?スクーリングもあるけど、実習関係以外はオンデマンドで単位取得が可能です。全国各地でスクーリングが受けられるので、社会福祉士の相談援助の講義も県内で受けられます。なので特に本校(愛知県)や主要都市まで出ることもなく、経費も抑えられます。大変ありがたいことです。

    しかし、教科書?とか置いてあるのをパラパラと見てみましたが、難しすぎて全然わからない・・・。先日職場からの命令で行ったとある研修では、社会福祉士の資格を持っている人が多く(名刺に肩書が)、その資質やスキルや意識の高さに、かなりの引け目を感じました・・・。果たしてこの人たちのようになれるのだろうか・・・。自分にその素地があるのか問われるとたぶん「ない」よ〜。大丈夫かな、私。授業が理解できるだろうか。社会福祉士受験資格取得まで漕ぎつけるのだろうか。かなり不安です。

    DVD「イニシエーション・ラブ」

    • 2016.02.17 Wednesday
    • 17:32
    実はこれ、文庫本で2回読みました。でも全然わかりませんでした。
    2回めのときネットで、ファンの人が作った種明かし的なサイトを見てようやく理解できたかに思えたのですが、結局2股かけてたってことであまりいい印象が残りませんでした。
    このたび三女がこの本を図書館で借りて読んでいたので、勉強の合間にいいかなと思ってDVDを借りてみました。

    三女と一緒に観たのですが、80年代のいろいろなアイテムが何から何まで懐かしく、思わず「こういうの流行ってたんよ〜」と語りながら観てしまいました。

    途中でバックに流れる当時の流行歌が過去にさかのぼったなとは思ったのですが、彼氏のタックンが「痩せるから」と言ったところ辺りでまんまと騙されちゃいました〜。ほかにもおかしいなと思ったところはいくつもあったのですが、これがラストですべてつながりました!ラストは痛快です。その後種明かしがすべて時系列に沿って巻き戻されました。

    「映像化は難しい」とずっといわれていたみたいですが、見事に成功していたと思います。監督さん誰だっけ?すばらしいです。
    あと前田敦子のキャラが際立ってました。正直「演技どうなんだろう」と思ってて、実際マユ(前田敦子)のぶりっ子(死語ですね)ぶりがうざいほどだったんですが、あのキャラじゃないとこのストーリーが生きてこないです。あれが意図した演技だとしたら「おそるべし前田敦子」です。この役はやはり前田敦子じゃないとだめだったような気がします。

    とにかく面白かった。おすすめです。

    社会と介護

    • 2016.02.10 Wednesday
    • 23:31
    安倍総理政策の三本の矢のひとつである「介護離職ゼロ」。高齢者の受け皿を増やして(特養とかサ高住など)家族の介護のために離職する中高年をゼロにすることが目的のようだが、そうすれば介護の人材ももっと増やさなければいけなくなるわけだ。2025年問題(団塊の世代が後期高齢者になる年)を見据えて、介護業界でも介護職員を増やすためにいろいろな対策がなされていると感じる。

    施設によっては託児所を設けたりして若い世代の介護職員を出産育児のために辞めさせないようにしたり、私の勤め先でも短縮勤務や看護休暇がすでに就業規則に明文化されている。先日は国の政策として、介護職員に復職するための準備金として20万円が貸与される(2年間勤務すれば返済不要)ことが決まったそうだ。シングルマザーに介護系のの資格を取れるように助成したり、ハローワークでも失業保険や手当をもらいながら?介護の研修を受けさせてもらえ就職をあっせんしてくれることもあるようだ。とりあえず肉体労働ではあるものの、贅沢をしなければ堅実に安定した給料がもらえる職業としては認知されているように思う。

    介護職員は施設の中だけの仕事が多く、毎日の日課をこなすだけが仕事を完結することになっているが、この社会の動きに目をやってみると、制度がころころと変わったり都合のいいように弱者を切り捨てようとされたりすることも多いが、だからこそ問題の本質が見えるし有識者のいろいろな意見もあったりして、意外と興味深い分野なのかもしれないと思う。特に「一億総活躍社会」とか「介護離職ゼロ」とかの政策は、今まで日が当たらなかったところにスポットライトを当ててくれていて、すべてが賛成ではないもののこれは安倍総理でないとできなかったのではないかと思うことも多い。介護支援専門員の勉強も、社会と密接に関係していて介護だけではなく社会問題としても十分知っておきたいことばかりである。知ることだけでも十分価値があると思っている。

    それにしてもやはり介護職員は年をとってくるとつらいものがある。定年まで今の業務を続ける自信は、転職をあきらめた今もやっぱりないままだ。また社会的な地位も低いので、どうしても「介護職員のままで終わりたくない」という気持ちも強い。できれば社会との接点が持てる訪問介護、ヘルパーステーション、或いは最終的には相談業務などの仕事ができれば最高である。子どもたちが大学を卒業すれば転職も考えたいしお金だけにとらわれずやりたいことをやってみたい。自分に期待しすぎるのはよくないとは思うが、やりたいと思ったときがやれるときだと信じたい。私は今は「仕事人生を充実させたい」ということがいちばんの夢。いつまで生きられるかわからないからこそ、限りがあるからこそ自分のためにできることをしたい。報われたい。

    今はとにかく何年かかっても「介護支援専門員」と「社会福祉士」の資格取得をめざすことが、自分をふるいたたせる原動力となっている。これから先介護職も待遇がよくなるのかどうかわからないけど、社会の動きを注意深く観察していこうと思う。

    中学校時代の思い出

    • 2016.02.02 Tuesday
    • 20:55
    中学時代の友人から珍しく電話がかかってきた。その人とは高校も別で、中学卒業して何度か会ったきりだけど、なぜか毎年年賀状をくれる友人。最近中学時代の別の仲良かった子と会って私の話になったらしく、プチ同窓会でもしようという話になっている様子。どちらの友人も地元にいて、結婚して子どもももう大きくなっているはずだ。

    ちょうど三女に自分が中学生だった頃の話をしていたとき、その子たちの名前も出していたので、なんだかシンクロしたみたいで不思議だった。

    急に連絡があるなんて、たぶん「勧誘」とか「ねずみ講」とかそういうものでないとは思うのだけど。

    私の中学時代はそれなりに友達もいたし、自分の立ち位置もちゃんと確保できていて、結構楽しかったという記憶しかない。今住んでいるこの地域みたいに中流意識はあまりない地域で、漁師町や市でいちばんの商店街がある学区で、造船業で栄えた街でもあったので、子どもの家庭も造船マンや商家、漁師などが多く、とにかくにぎやかで活気があるところだった。友達の家も長屋だったりアパートや公営住宅に住んでいる子もたくさんいて、もちろん持ち家の子もいたけど、そんなに格差のようなものを感じたことはなかった。商家の子はちょっとお金持ち、お嬢様って子が多かったけど。
    中には「不良」と呼ばれる子もいて、いかにもな格好もしていたけど、それぞれのテリトリーがあって自分の身が危なくなったことはなかったと記憶している。小学校から同じ学区なので、みんな顔見知りだし、怖いことはなかった(先輩は怖い人もいたけど)。

    部活を引退してつるんでいた子が先の友人2人なのだけど、とにかく放課後や土曜日(半ドンだった)はほぼつるんでいたかも。場所は友達の家とか公民館とかで「一緒に勉強する」という口実で、買い食いしたり当時の喫茶店(パーラー?)みたいなところに行ったり、何をするでもなかったけど楽しかったなあ。そうそう、高校受験の前の日にも、友達とバドミントンをして遊んでいたんだっけ・・・という話を現在受験生の三女にしていたわけです。

    今の三女が通っている学校の中学生、街中で見かけることはほとんどない。なぜかというと4つの中学校が合併されて、そのほとんどの子がスクールバスでのバス通学になったから。農村地帯なのでかなり広い範囲から通学しているし、なかなか自転車で旧学区を超えるのも大変な距離なのです。バスの時間は決められているので、学校でだべって帰ることもないし、つるんで寄り道をすることもない。コンビニのようなたまり場になるところもないし、町で中学生を見かけること自体がなくなった。

    合併するまでの中学生だった長女や次女は、自転車で4匐の道のりを自転車通学し、帰りに友達と座り込んでしゃべって帰ったり、小学生の集団につかまって一緒に帰ったり、大人は車から中学生の子を見かけて「背が伸びたなあ」とか「元気そうだなあ」とか思ったものだけど、今はそういうこともなくなったなあ。

    今は友達とつるまなくてもスマホとかSNSでつながることができるのだろうけど、せっかくの中学時代、なんだか人間関係や思い出までも希薄になりそうでさみしいな。三女には進路が決まって卒業した後はたくさん友達と遊んで思い出をたくさん作ってほしいと思うこの頃です。

    「orange 銑ァ弭睫遏∞

    • 2016.01.29 Friday
    • 23:41
    ブックオフにて大人買い。映画化で話題になっていたのと、なぜか絵的にすごく惹かれたので・・・
    最近の少女漫画はほとんど読んでいなかったのだけど、これは読みやすくて昭和の女子でも全然違和感なく読めました。

    口実としては「三女の受験勉強の息抜きに」と思って買ったんだけど、久しぶりに胸きゅん(死語じゃない?)としています。とはいってもまだ全巻は読んでいないのですが・・・

    三女は家では勉強をしていることが多く(受験生なので当たり前ですが)、塾以外はどこにも連れて行ってないのでちょっとは気分転換をしてほしいなあという気持ちでいます。というか逆に少しはだらだらしてくれてもいいのだけど、私もなるべく勉強の話はせずおバカな話をするようにしていますが、なかなか笑ってくれませんね〜。きょうだいでもそばにいればいいのだろうけど、姉2人はすでに外で一人暮らし。でもLINEとかで三女をいろいろ励ましてくれているようです。

    そんな中、三女の首肩マッサージとホットパック(桐灰の「あずきのチカラ」を使用)、足のしもやけと足裏マッサージが私の唯一の仕事。あと寝る前の布団乾燥機。これらのことは長女や次女にはしてあげたことがありませんが、末っ子は得ですね。溺愛されてウザい分、結構親は至れり尽くせりしてくれます。

    あ、わが家にはもうひとり漫画大好き人間がいます。長女です。本も読むけど漫画も命です。長女のこの本に対する感想もぜひ聞いてみたいものです。

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